「信じて託される」ことの誇りをもってこれからの100年をひらいていく 取締役執行役社長(CEO) 高倉 透 「信じて託される」ことの誇りをもってこれからの100年をひらいていく 取締役執行役社長(CEO) 高倉 透

信託の歴史と誇り

当グループは2024年4月15日に創業100年を迎えました。これまで支えていただいたステークホルダーの皆さまに、心から感謝いたします。

100年前の日本は、第一次世界大戦後の経済発達に伴い、個人および企業の財産の蓄積が進み、同時に、社会や産業が複雑かつ多様化する時代でした。現代よりも不確実性が高く、経済や社会が未成熟な状況において、大切な財産を自分自身で管理・利殖することは、決して容易ではなかったと推察されます。財産の管理などを他人に任せようとしても、悪意を持って接触してくる人や知識・経験が十分ではない人もいて、利益を得られないだけではなく、損失を被る事態も多く発生していたようです。こうした時代背景を踏まえますと、財産所有者からの絶対の信任を得て、かつ、安心・安全な財産の管理と利殖を可能にする私たち信託会社の誕生は、日本を豊かな国にする必然の流れでした。

1924年の三井信託株式会社設立時の趣意書には、急速に進歩する経済社会において、国民の資産運用および資産管理を受託する信用機関としての誓いが記されています。また、翌1925年に設立された住友信託株式会社の趣意書には、「委託者は受託者に対して徹頭徹尾絶対の信任を置き、一方、受託者は最善至高の信義、誠実をもってこれを行うのでなければ、決して信託は成立しない」と書かれています。この信任と誠実を根本とする信託の真髄は、100年経った今も変わりません。委託者の事情や状況に応じて、信託グループの高度で多様な金融サービスを提供し、社会やお客さまからの尊い信任に応え続けてきた歴史は私たちの誇りであり、その精神は今も社員一人ひとりに受け継がれています。

三井信託株式会社 設立趣意書 / 住友信託株式会社 設立趣意書

当グループ100年の歩みは、社会や経済とともに発展してきた信託の歴史そのものです。専業の信託会社として戦後を迎えた三井信託と住友信託は、1948年に銀行業務と信託業務を兼営する信託銀行へ転換しました。1952年には貸付信託の取り扱いを開始し、戦後の復興期から高度経済成長期を通じて、産業界には長期の安定資金を、国民には利回りの高い長期の運用手段を供給し、日本経済の発展に必要な資金の好循環を生み出してきました。1960年代に入り、経済構造の複雑化と富の蓄積が同時に進むなかで、長期安定的な資産形成をサポートする制度として、年金信託が誕生しています。半世紀以上にわたる取り組みを通じて、企業の福利厚生制度として普及するとともに、近年では、コーポレートガバナンス・コードの重要性の高まりから、企業のステークホルダーとしての従業員に対する資産形成サポートの観点からも注目されています。その後、日本の経済発展に伴い、国民の資産形成に関する取り組みは投資信託によって本格的に加速し、今では国内の信託財産残高は1,500兆円を超え、銀行預金残高を上回る規模に拡大しています。

時代ごとに変化する社会課題に正面から向き合い、企業や個人のお客さまとの長期にわたる信任関係をもとに、信託の力で資金の好循環に挑戦し続けてきた結果、今の三井住友トラスト・グループがあります。これからも変化と挑戦を続けながら自らを成長させ、社会や経済の豊かな発展に貢献してまいります。

成長戦略

当グループにとって記念すべき年である2024年は、日本経済にとっても大きな転換点になりそうです。日経平均株価が34年ぶりに高値を更新し、長期にわたり異常な低水準にあった金利も上昇する動きが出ています。昨年と比べて幅広い企業で賃金が上昇し、コロナ禍の収束により海外からの訪日客も目立って増えています。さまざまな変化のなかで私が特に注目しているのは個人の投資に対する姿勢・考え方が前向きに変わってきていることです。デフレが続く環境では、自らリスクを取って積極的に投資を行わなくても、実質的な資産価値の減少に悩むことはありませんでした。物価や賃金の持続的な上昇が予見可能になった現在では、いよいよリターンを生み出す投資が必要になってくることを多くの方々が認識し始めています。欧米など諸外国の事例を見ましても、国民の資産形成や金融教育を後押しする政策や制度の充実により、我が国での投資の拡大が本格化していくと見ています。資産運用立国の実現に向けた政府の取り組みや、本年1月から内容が大幅に見直された新NISAなども、不動産を含む3,000兆円以上の家計資産を起点とした投資を加速させる起爆剤になるでしょう。

昨年5月に公表した当グループの中期経営計画では、資産運用・資産管理ビジネスを軸とした手数料収益の拡大により、資本効率の高い利益成長を実現する戦略を掲げました。最終年度である2025年度のROE目標は8%以上で、2030年度までに「ROE10%以上」の達成を目指しています。収益が拡大するタイミングは戦略や取り組みごとに異なりますが、将来成長につながる投資を持続的に行い、信託グループの機能や強みを存分に発揮して、早期にROE10%以上を達成し、さらなる資本効率の向上を図ってまいります。

資金・資産・資本の好循環

当グループの資本効率の高い利益成長は、我が国における資金・資産・資本の好循環を促すことで実現します。過去の歴史を振り返りましても、事業者と投資家をつなぐ多額の資金循環を起こす社会課題の解決に信託の力が必要とされてきました。

私たち信託グループは、銀行ビジネスは金融市場(資金)、不動産ビジネスでは実物資産市場(資産)、資産運用・資産管理ビジネスは資本市場(資本)において、さまざまなインベストメントバリューチェーンに関与し、市場のインフラ機能を提供する存在です。幅広い市場で事業者と投資家の双方に企業価値や資産価値を高めるエンゲージメントを行うとともに、銀行として自らのバランスシートを活用した金融ソリューションや、不動産や年金など高い専門性が求められる領域での仲介・コンサルティング機能も同時に提供しています。こうした当グループの多彩で幅広いビジネスは市場やお客さまとの多くの接点を生み出し、資金・資産・資本の好循環を促します。投資家の資金は市場のどこかで当グループの接点と交わり、事業者の企業価値向上は資本市場の拡大につながります。脱炭素化や人生100年時代などの社会課題を抱え、多額の資金や多様なソリューションが求められる今こそ、当グループが信託の力で社会的価値の向上に貢献し、自らも成長を遂げる絶好の機会と捉えています。

政策保有株式の削減

資金・資産・資本の好循環を実現するために、私が社長に就任した直後の2021年5月に「従来型の安定株主としての政策保有株式」は原則すべて保有しないという方針を打ち出しました。政策保有株式は取引先企業との信頼の絆として長年取り組まれてきましたが、資本市場の視点で見れば循環を停滞させる一つの要因になっています。また、コーポレートガバナンスを健全に機能させる観点からも、政策保有株式の持ち合い解消は重要な論点になります。国内資本市場の高度化を進めるうえで、できるだけ早期に従来型のビジネス慣習から脱却する必要があると考え、取引先のご理解を得ながら、当初想定を上回るペースでの削減を着実に進めています。

取引先ごとにコーポレートガバナンスに関する考え方や方針は異なりますので、当方の思い通りに進まないケースも多くあります。削減の進捗が遅いという機関投資家からのご意見があることも認識していますが、長期の信任関係に基づいて幅広くビジネスを展開する信託グループとして、取引先との丁寧な対話を重視し、可能な限り取引影響が出ないよう慎重に取り組む方針に変更はありません。削減完了までに一定の時間が必要な取引先に対しては、保有している間は議決権行使基準に則り、株主利益を意識したエンゲージメント活動を行っています。取引先に対して、基準を満たすための解決策を提供することで企業価値向上につなげることがエンゲージメントの目的ですが、反対行使になるのであれば保有株式を全て売却してもらって構わないということで削減が進んだ事例もいくつか出ています。

2023年度は株高の追い風もあり、2025年度までの3年間で取得原価1,500億円を削減する計画に対して、初年度に793億円の実績を計上することができました。2021年5月の保有ゼロ宣言以降では、削減した政策保有株式の取得原価は合計1,800億円で、保有社数も35%減少しました。削減が完了していない取引先の中でも、企業経営における政策保有株式の位置付けを再度見直す動きが増えてきているように思います。引き続き、保有ゼロに向けた活動を推進してまいります。

資産運用立国の実現に向けて

日本では、老後のために一定の蓄えは必要としながらも、まずは勤勉に働いて労働所得を確保することに重きを置く考えが一般的です。前述のとおり、デフレが長く続いていたことも、家計資産における現金・預金の割合が多い要因の一つです。これからは、物価上昇や長寿化に備えて、労働所得だけではなく金融所得も加えて、国民が自らの資産を増やしていくことを考えていかなければならない時代がいよいよ訪れます。政府が掲げる資産運用立国の実現に向けて、信託グループである私たちが特に貢献できる領域として、資産運用業の高度化と金融リテラシー向上の取り組みについてお話ししたいと思います。

健全かつ持続的な資本市場の発展に貢献

資産運用業の高度化

当グループの資産運用ビジネスでは、中核子会社である三井住友トラスト・アセットマネジメント、日興アセットマネジメントおよび三井住友信託銀行の自律的な運用力の向上を図りつつ、資本を活用しながら新しい戦略を持つ国内外の運用会社とのパートナー化を進めます。リスク許容度や運用目的・期間などは投資家ごとに異なりますので、最適な運用機会を提供するためには、グループ内に多様な強みを持つ運用会社を連ねる運営体制の構築が必要です。この考え方は、委託者ごとに異なる事情や状況に応じて、高度で多様な解決策を提供する信託の精神に通底するものです。

多様な運用の一つにプライベートアセットがあります。2022年7月に米国の大手投資ファンドであるアポロ・グローバル・マネジメントと資産運用などの業務で提携し、同グループが運用するオルタナティブアセットポートフォリオに15億ドルの投資を行いました。この取り組みは単なる投資だけを目的としたものではなく、国内でプライベートアセット市場を創出・拡大することが真の狙いです。脱炭素化の取り組みでは10年間で150兆円の国内投資が必要である一方、生命保険や年金などの機関投資家や個人投資家の長期運用ニーズも高まってきています。これまで信託銀行のバランスシートを活用して蓄積したプライベートアセット投資の知見や経験も活かしながら、グローバルに活躍するビジネスパートナーとともに、運用商品の開発や提供を進めてまいります。

日本の資産運用業の高度化では、資産運用会社や販売会社が個社ごとに信頼度を高めて付加価値を向上させることが必要ですが、日本独自のビジネス慣行や参入障壁により、新規参入が難しいという業界としての課題への対応が重要です。こうした課題への取り組みとして、資産運用会社へのミドル・バック機能の提供があります。すでに当グループ内では効率化の一環として取り組みを進め、国内大手資産運用会社からの受託も始まりました。海外や新興の資産運用会社への機能提供により、資本市場の発展に貢献しつつ、当グループの資産管理ビジネスの拡大にもつなげていく戦略です。

金融リテラシーの向上

当グループでは、年金ビジネスで培った高度な金融教育を企業の従業員や個人投資家に提供しています。より多くの方が100歳まで生きる時代では、仕事をリタイアした後に資産運用を始めるのでは間に合いません。若いうちから将来に必要な資金を計算し、自らが思い描く人生設計に適した運用が求められる時代です。三井住友信託銀行が2022年にリリースしたスマートフォンアプリ「スマートライフデザイナー」は、金融資産や住宅ローンに加えて、年金資産を含むライフプランシミュレーション機能が備わっていますので、将来必要になる資金がいくらなのかを把握できます。このアプリでは、投資判断に必要な情報や資産管理ツールも提供していますので、多くのお客さまから好評をいただいています。

また、次世代の金融リテラシーを向上させる取り組みとして、学生向け金融にも力を入れています。これまでは高校生を対象に取り組んでいましたが、2023年度は小学生・中学生まで対象を拡げて、全国で116校・約15,000名に金融教育を実施しました。信託グループとしての知見・経験を若い世代とも共有し、持続性のある資産運用業の発展に貢献してまいります。

未来の成長を支える基盤への投資

長期の信任関係に基づき幅広い市場でビジネスを行う信託グループとして、社会やお客さまの信頼に足る人材の確保・育成は最重要課題の一つです。信託の理念に共感する仲間が集まり、時代ごとに変化する課題に挑戦し続ける人材を育てる組織・企業風土はわれわれの競争力の源泉であり、これから先も変わることはありません。先行きが不透明で変化のスピードがますます速くなる時代と言われていますが、多様性があり、変化に対応する高い専門性を持つ人材・組織づくりを、私たちは100年間続けてきたのです。

ニューヨーク支店の現場スタッフと

社員の挑戦を促すには、一人ひとりが自らのキャリアを自律的に考えて選択できる人事制度とサポート体制が必要です。当グループでは業務公募制度や社内外の副業制度のほか、大学や企業への出向希望者を不定期に募集するなど、数多くの選択肢を社員に与えています。本年4月からは、三井住友信託銀行では育児休業から復帰した社員に家事代行や食事の宅配サービスなどにかかる資金を支援する取り組みを開始し、早期職場復帰を希望する社員へのサポートを拡充しました。オンラインで学べる教育プログラムの提供も充実させ、ビジネスに留まらず幅広い知識や情報を習得できる仕組みも整えています。将来習得したい知識や専門性、働き方や成長スピードなどを社員自らが選択し、実現したいキャリアや挑戦を積極的にサポートすることで、社会やお客さまの信任を得られる人材を多く輩出していきたいと考えています。

女性活躍推進では、2030年までの女性役員比率30%以上に向けた取り組みを進め、三井住友信託銀行では、2024年10月末までに「課長以上の管理職」の女性比率20%以上を目指します。3年前と比べて、女性や国際色豊かな取締役および執行役がグループ主要子会社で増えています。

多様な価値観は企業経営において非常に重要であり、私自身、次世代を担う社員との対話を大切にしています。海外出張の機会なども活用し、海外拠点で働く現地スタッフに自らの経営理念やビジョンを伝える取り組みにも力を入れています。未来を拓く担い手である多くの若手社員の声に耳を傾けるなかで、経営を考えるうえでのヒントをいただくことも少なくありません。また最近では創業100年の活動として、社員一人ひとりが当グループのアイデンティティや挑戦と開拓の歴史を知り、当グループで働くことへの自信ややりがいを感じてもらう取り組みを進めています。次の100年に向けて、多様性や専門性などの信託グループの特長を活かしながら、新しい挑戦を生み出す企業文化を育ててまいります。

結びの言葉

私にとって信託とは何か、自問するときがあります。入社以来、「自ら考え、自ら判断し、自ら行動する」ことを実践してきました。日々起こるさまざまな事象に対して、その渦中に身を置き、主体的に動くことではじめて、自らの成長と周囲の信頼を得られると考えているからです。ただ、ふと振り返ってみると、私が「自ら」と考える内側には、常に自身の行動の先にいるお客さまや社員、株主などステークホルダーの存在があったことに気づかされます。まさにフィデューシャリーとしての行動理念が自らを動かしていたことを思うと、非常に感慨深いものがあります。これからも、ステークホルダーの豊かな未来を実現するフィデューシャリーとしての役割を全うし、皆さまとともに成長を続けていきたいと考えています。

今後とも、三井住友トラスト・グループへのご理解とご支援をよろしくお願いいたします。

2024年7月
取締役執行役社長(CEO)

取締役執行役社長 高倉 透
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